研究成果報告会を10月21日(土)に都内で開きました。報告会のプログラム・概要はこちらのページをご覧下さい。
「視覚障害者と漢字のページ」を開設しました。どうぞご利用下さい。
漢字,語彙,単語親密度,スクリーンリーダ,児童,視覚障害者,音声提示,説明表現
コンピュータを音声のみで利用する際,漢字を一意に区別するため,それぞれの漢字に1対1で対応する説明を付ける読み方をすることが通例です。この読み方を「詳細読み」と呼びます。たとえば,「高」という漢字は「コウテイノコウ タカイ」と読まれたりします。この説明表現にわかりにくいものがあるとのユーザの声を受けて研究を開始しました。
これまで行ってきた内容は以下の通りです。
JIS第1水準の漢字2,965字及びJIS第2水準の漢字3,390字,合計6,355字について,4製品のスクリーンリーダ(XP Reader, PC-Talker XP, VDMW300-PC-Talker, JAWS 4.5)の漢字詳細読みを書き起こしました。ほかに,JAWS 6.2についてはJIS第1水準漢字2,965字,JAWS 3.7については教育漢字1,006字を書き起こしました。これらは次の分析と実験,新しい詳細読みを作る際の基礎資料とします。
書き起こした詳細読みデータをもとに,既存の詳細読みがどのような単語を使って漢字を説明しているか,どのような構成(熟語と訓読みの組み合わせ,など)を取っているかを調べています。構成については,熟語を多用するもの,音読みと訓読みの組合せを多用するものなど,リーダーごとの違いが明らかになりました(渡辺文治ほか, 第42回日本特殊教育学会, 2004)。教育漢字,教育漢字を除いた常用漢字,常用漢字を除いたJIS第1水準漢字と漢字の難易度が上がるにつれ,説明表現の構成も教育漢字とは異なる様相を見せ,かつ単語親密度が低くなる様子が見られます(渡辺文治ほか, 第43回日本特殊教育学会, 2005)。
既存の詳細読みは,一般的な知識のある大人向けに開発されてきており,まだ語彙の少ない視覚障害児童向けに適切であるのかどうか疑問があります。
そこで,スクリーンリーダを児童が利用した場合の問題を探るため,詳細読みを聞いて想起した漢字を書き起こさせる実験を小学校で行いました。
実験の結果,8割以上の詳細読みは50%以上の正答率を得ました。他方で50%未満の正答率となった詳細読みを,同じ漢字で正答率の高かった読みと比較・検討したところ,児童の語彙範疇にない説明語の使用が最も大きな要因であることがわかりまた。誤答の要因として次に多かったのは,同音異字のある説明語の使用でした(渡辺哲也ほか, 電子情報通信学会論文誌, 2005)。
児童に詳細読みから漢字を想起させる場合,最も大きな問題となるのが語彙でした。語彙は,学年により大きく変わると予測されます。そこで,学習基本語彙表に含まれる語彙を教科書初出学年で分類し,これを言葉を児童に聞かせ,よく知っている,だいたいわかる,知らない,の3択で親密度を答えさせる調査を行ったところ,教科書初出学年が低い単語ほどよく知っているの割合が多いことが確認されました(渡辺哲也ほか, 電子情報通信学会 技術研究報告, 2005)。更に,このデータと成人の単語親密度を比較して,成人の親密度データから児童の親密度を推定可能かを検討しました(⇒ 教育基本語彙と成人の単語親密度との比較へジャンプする)。
成人であれば語彙が豊富だからすべて書けるのか,成人でも正しく想起できない表現はどれか,などを調べます。試験問題は,児童を対象とした漢字書き取り調査と同じです。試験は平成17年1月から6月にかけて,のべ116人に協力してもらって実施しました。その成績は,児童を対象とした実験より30%高いものでした。成人の正答率が児童より60%以上高くなった詳細読みには,児童の語彙範ちゅう外と判断された単語が多くありました。同じ単語の成人の親密度を調べたところ全般的に高い値だったことから,児童の低正答率の要因が語彙の大きさにあることを実証できたといえます。もっとも,成人でも正答率が低かった詳細読みも少数あり,その要因は親密度が低い単語の使用であると推察しています(渡辺哲也ほか, ヒューマン・インタフェース・シンポジウム 2005)。
これまでの研究成果をもとに,詳細読み作成の基準を整理し,この基準に基づいて新たな詳細読みを作成しました。その評価のため児童247人を対象とした漢字書取り実験を行ったところ,既存の詳細読みを使った調査より約12%高い正答率(全体平均正答率78.6%)を得ることができました(渡辺文哲也ほか, 電子情報通信学会 技術研究報告, 2005)。
台湾の盲学校,大学,リハビリテーション施設を訪れ,台湾においても詳細読みと似た方式で,視覚障害者に漢字を判別させる方法があることを見つけました。詳しくは,海外状況報告のなかの台湾における視覚障害事情をご覧下さい。
以上の研究成果は,視覚障害者用システムへの応用だけでなく,音声対話システムを構築する際,どのように文字を表現すれば,音声だけでもユーザにわかりやすく意味を伝えられるかを考える一助になるでしょう。