会場:キャンパスイノベーションセンター東京 1階 国際会議場
日時:平成18年10月21日(土)10:00〜17:00
参加費:無料
障害のある方へ支援:視覚障害者向けに,点字・拡大印刷資料と,最寄り駅から会場までの誘導。聞こえにくい方向けにパソコン要約筆記。
詳細読みは,言葉だけで視覚障害者に漢字を判別させるための読み方です。この詳細読みを分かりやすいものとするための研究を,平成16年から18年の3年間,科学研究費補助金を得ておこなってきました。その研究成果を,学術関係者だけでなく,視覚障害当事者及びその支援者たちに伝えるため,研究成果報告会を開催することにしました。
報告会では,自分たちの研究成果のほかに,研究の発端となったパソコン利用現場での詳細読みの問題,スクリーンリーダ製品の詳細読みの分析結果,盲学校での漢字指導と読み,朗読ボランティアの立場から見た漢字の読みについて,それぞれ携わっている方々からお話を頂きました。
更に,中国文化史と漢字の専門家でいらっしゃる京都大学大学院の阿辻哲次先生に,特別講演をして頂きました。講演では,日本における漢字の規格の整理とその問題点について実に分かりやすい説明がなされました。先生のお話は分かりやすいだけでなくユーモアにあふれており,1時間と長い講演でしたが最初から最後まで聴講者の間で笑いが絶えませんでした。
お陰様で盛会となり,要約筆記・誘導バイトの方々を含めた参加人数は71人でした。多くの当事者・支援者にご参加頂くことができ,報告会を開催して本当によかったと思えました。また,この研究において大変重要な役割を果たした「単語親密度データ」を作成されたNTT基礎研究所の天野成昭氏にご参加頂けたことも,研究代表者として大変感慨深いことでした。聴講・お手伝いのため,近郊・遠方からお越し頂いた方,そして講演者の方々に厚くお礼申し上げます。
総合司会:長岡英司(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授)
岡田伸一,障害者職業総合センター 主任研究員
Windowsのスクリーンリーダ「95Reader」開発に関わった経験に基づき、その開発の経緯を紹介するとともに、重度視覚障害者の就労にとって、パソコンが果たす役割と、パソコン利用に必要なツールについて考えてみる。
藤沼輝好,統合システム研究所 主宰
統合システム研究所では、1990年代初頭から、漢字の詳細説明読みは音声メディアで漢字を判別する方法として、視覚障害者ばかりでなく晴眼者も理解できるユニバーサルな読みと位置づけ、分かりやすい詳細読みの体系化について検討している。複数のスクリーンリーダーの製品化、携帯端末の音声化に伴い複数の詳細読みが存在し、一部で、読みの違いによる誤った漢字使用の問題が起こっている。将来、初等中等教育現場で視覚障害者もパソコンを使用した学習形態が普及することが予測されるため、詳細読みの標準化や系統化が必要となると考えられる。
矢部健三,神奈川県総合リハビリテーションセンター 七沢ライトホーム 主査(視覚障害者支援員)
七沢ライトホームは、視覚障害者対象のリハビリテーション施設で、日常生活訓練の一環として、1987年11月からワープロをはじめとするPC訓練を実施してきた。ここ数年幅広い年齢層の利用者がPC訓練を希望しているが、操作法を十分習得できないものも少なくない。その理由は様々であるが、文字入力に関する問題では、語彙の不足からか詳細読みを聞いても正しい漢字を選択できない他、現代仮名遣いの理解が不十分で長促音や拗音、助詞の「は」「へ」などの表記を間違えてしまうものが多い。
渡辺哲也,国立特殊教育総合研究所 主任研究員
スクリーンリーダを児童が利用した場合の問題を探るため,詳細読みを聞いて想起した漢字を書き起こさせる実験を小学校で行った。実験の結果,8割以上の詳細読みは50%以上の正答率を得た。他方で50%未満の正答率となった詳細読みを,同じ漢字で正答率の高かった読みと比較・検討したところ,児童の語彙範疇にない説明語の使用が最も大きな要因であることがわかった。誤答の要因として次に多かったのは,同音異字のある説明語を使うことだった。
小学生の語彙体系は,基礎語彙,学習基本語彙,学習語彙,一般語彙に整理される。それぞれの語彙の特徴から,児童に適用する説明後としてどの語彙表を選ぶべきかを検討した。
語彙は,学年により大きく変わると予測される。そこで,学習基本語彙表に含まれる語彙を教科書初出学年で分類し,これを言葉を児童に聞かせ,よく知っている,だいたいわかる,知らない,の3択で親密度を答えさせる調査を行ったところ,教科書初出学年が低い単語ほどよく知っているの割合が多いことが確認された。
渡辺文治,神奈川県総合リハビリテーションセンター 七沢ライトホーム 副技監(視覚障害者支援員)
いずれのスクリーンリーダも,教育漢字では比較的親密度の高い単語を使っているが,常用漢字,第1水準,第2水準になるに従い親密度の低い単語を使う例が増加してくる。これは使用範囲のきわめて狭い漢字については,親密度が低くても,やむを得ず使わざるを得なかったためであろう。
詳細読みの構成を次のように分類した。aは訓読みが先頭にでてくるもの,bは訓を含む熟語・句が最初にでてくるもの,c音を含む熟語・句が最初にでてくるもの,dは性質の説明等,eは漢字の字形・部首等で説明するものである。教育漢字を除いた常用漢字,常用漢字を除いたJIS第1水準といわゆる難しい漢字になるに従い,性質や字形・部首、その他の説明が増加していく。
渡辺哲也,国立特殊教育総合研究所 主任研究員
児童の語彙と単語親密度に配慮した詳細読み作成の基準を整理し,この基準に基づいて新たな詳細読みを作成した。その評価のため児童を対象とした漢字書取り実験を行ったところ,既存の詳細読みを使った実験結果より12.3%高い正答率を得ることができた。
教育漢字に引き続き,常用漢字群とJIS第1水準漢字群の詳細読みも同様な基準に従って策定を進めた。JR田町駅からほど近いオフィスを主たる作業場としたことから,新たな詳細読みを「田町読み」と呼ぶことにした。常用漢字に含まれないJIS第1水準漢字では,単語親密度が極端に低い熟語しかない漢字,人名・地名でないと説明できない漢字,異体字のある漢字,など多くの問題があり,詳細読み作成の難しさを認識させられた。
山口俊光,国立特殊教育総合研究所 科学研究支援員
JIS X 0208-1990で定義されている漢字6879字(第1水準漢字:2965字,第2水準漢字:3390字)の読みを収録した漢字読み辞典。教育段階の読み,常用漢字表の読み,JIS一覧表の読み,そしてこれ以外の読みに分けて提示する点が特徴。教育漢字の配当学年,教育漢字と常用漢字の区別も併せて収録している。読みを探したい漢字を入力して検索ボタンを押すだけの簡単な使い勝手。Excelのマクロで作成した。
漢字能力検定4級,3級,準2級の問題集から同音異義語の組み合わせを集め,その単語を含んだオリジナルの短文集を作成し,その文章をアナウンサーに読み上げてもらったものを問題集とした。音楽CD版,テープ版を配布中。
『新明解国語辞典第四版』(三省堂)の見出し語約8万語の単語親密度をExcel上から簡単に調べられるようにするためのマクロ。このマクロを使用するには,NTTデータベースシリーズ『日本語の語彙特性』(三省堂)を別途購入する必要がある。
かな漢字変換時に,詳細読みに続けて,候補単語の意味と用例を読み上げるプログラム。MS-IMEが持っている同音異義語の辞書情報を利用している。95Reader上で動作する試作プログラムを配布中。
大財誠,愛媛県立今治養護学校 教諭
重度視覚障害者を対象に実施した漢字利用に関する調査の結果と考察を基に、盲学校でのパソコン・漢字指導に触れながら、詳細読みに関係する内容について報告する。
漢字利用に関する調査は、電子メールを用いて平成13年に実施したものである。重度視覚障害者が持っている漢字知識の量に影響する要因や、パソコン等を用いて作成した漢字仮名交じり文の正確さに影響する漢字知識、安心してパソコン等を使うことのできる程度の漢字量などについて明らかにすることができた。盲学校での指導経験は4年であり、しかもまだ駆け出しであったが、盲児のパソコンの指導や漢字指導に携わる中で感じたこともいくらかあった。以上のことを踏まえて、盲学校で必要となる漢字指導について、目標設定の一例や留意点を含めてまとめてみたい。
間嶋和子,神奈川県視覚障害援助赤十字奉仕団
1.点訳・音訳図書作成に際して(事前に資料が入手できる)
処理の仕方(点訳者挿入符、音訳者注)
1) 漢字を訓読みで説明…注扱いにしない(第1カッコ、表現技術)
2) その漢字を含む熟語で説明
3) 言葉の意味を中心に説明
4) 漢字のへんやつくりなどで説明…図書作成時にはあまり使わない
5) 同音異義・同アクセント語等であっても、文章の前後から語の意味が判るもの、文章理解に支障のないものについては処理は行わない
2.点訳・音訳のプライベートサービス(事前に資料が入手できる)
処理の仕方は図書作成にほぼ同じ。但し、漢字のわかる人にはへんやつくりなどでの説明もある。
3.読みの対面サービス(読む資料がその場で提供される)
対話をしながらの読みが可能なので、読めない文字、判りにくい(同音異義語を含む)言葉の処理は、利用者に合せることができる。また、漢字を知りたい人には文字そのものを手のひら等に書くなどする。
4.在宅者援助活動の場において(読む資料がその場で提供される)
一般資料読み・パソコンの画面読みは、対面サービスにほぼ同じ。
阿辻哲次,京都大学大学院人間・環境学研究科 教授
私たちをとりまく環境には、行政機関によって定められた常用漢字・人名用漢字、そしてJIS漢字という3つの規格がある。日ごろはそれについて格別に意識することもないが、しかし公文書の作成や新生児の出生届などではそれらの規格に従わねばならない。
これらの規格には数千の漢字が収められているが、その配列は同じでなく、統一的な検索ができない状態にある。一般的に使われる部首配列が検索が難しく、大多数の人には発音引きが望ましい。しかし漢字の読みには数種類あって、「平」をヘイと読む人もいればビョウと読む人もおり、また「たいら」と読む人もいる。
視覚によってではなく聴覚で認識する場合に1字数音という特徴をもつ漢字をどう考えるべきか、伝統的な読みの歴史をふまえて考えてみたい。
阿辻先生の著書: 『部首のはなし1・2』(中公新書) 『漢字の知恵』(筑摩書房) 『漢字三昧』(光文社) 『漢字のはなし』(岩波書店) 『漢字のいい話』(大修館書店) 『漢字道楽』(講談社) 『漢字のなりたち物語』(講談社) 『漢字の社会史』(PHP研究所) 『中国漢字紀行』(大修館書店) 『漢字の字源』(講談社) 『図説漢字の歴史』(大修館書店) ほか多数。
写真は左上から,(1)司会を務める長岡英司先生,(2)前方から撮影した会場内の様子,左手前がパソコン要約筆記者,(3)後方から撮影した会場内の様子,二つある画面のうち,左側が発表者のパワーポイント画面,右側が要約筆記画面,(4)聴講者が質問する様子。
Last updated: 2009年4月15日
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