拡大読書器の2色画面の見やすさの評価
―網膜色素変性の弱視者を対象として―

■ 概要

 拡大読書器の2色画面が弱視者にとってどの程度有効かを検討するため,市販の拡大読書器1機種を選んで,その2色画面の見やすさを,網膜色素変性を眼疾息とする弱視者5人に評価してもらいました。その結果,色の差の効果はあまり認められず,輝度比の効果が圧倒的でした。評価値は文字と背景の輝度比にほぼ比例しており,最も輝度比の高い2色画面(白/黒,及び,黄/黒)が最も高い評価を得ました。また,従来からしばしば報告されている反転表示の効果も確認しました。

■ 目次

研究の目的

評価手法

結果と考察

まとめ


研究の目的

 拡大読書器は,ビデオカメラを直接モニタにつなぎ,カメラで撮影した映像をモニタ画面上に拡大して映し出す装置で,弱視者の読み書き作業を支援します。 画面の明るさ,映像のコントラスト,拡大率などが調整可能なため,様々な視力状況の弱視者に対して個別に対応できます。

 その画面表示機能として,従来からの反転表示,フルカラー表示に加えて,2色画面の文字と背景にアンバ,緑,青など様々な色を選択できる横種が数社から製品化されています。これらの製品の2色画面が,弱視者にとってどの程度有効なのかを調べるため,市販の拡大読書器1機種を選んで,その2色画面の見やすさを,網膜色素変性の弱視者に評価してもらいました。

評価手法

実験機材

 評価に使用した拡大読書器は米国TeleSensory社のAladdin Genie(Model GE-2)です。この拡大読書器には3種類の2色表示モード(標準,反転,ソフト反転)があります。各モードにそれぞれ12種類の色の組合せがあるので,合計36種類の2色画面が利用可能です。標準表示モードは背景の方が文字より輝度が高い表示方式です。これとは逆に,反転表示モードは文字の方が背景より輝度が高い画面です。ソフト反転表示モードでは,反転表示モードより文字の輝度がやや低くなります。反転とソフト反転モードでは色が同じなため,色の組合せは24種類となります。拡大率は17インチモニタで4倍から36倍まで調節可能,フォーカスは手動で調整します。

 モニタには17インチのトリニトロンマルチスキャンディスプレイ(Sony,CPD−17MS)を使用しました。拡大読書器とモニタの間はSVGAインタフェースを介して接続しました。SVGAの解像度は横800×縦600であり,モニタは自動ゲイン調整機能をもっています。

表1:評価画面の特徴:AladdinGenie(Model:GE-2)TeleSensory社製
モード 色数 特徴
標準 12 背景の方が文字より輝度が高い
反転 12 文字の方が背景より輝度が高い
ソフト反転

評価者

 評価者は,網膜色素変性を眼疾患とする弱視者5人です。評価者のプロフィールを表2に示します。表2中,視力が0と手動弁の2眼を除き,中心視野があります。

表2:評価者のプロフィール
評価者 性別 年齢 右眼視力 左眼視力
A 48 0.01 0.02
B 58 手動弁 0.03
C 56 0 0.02
D 55 0.1 0.02
E 51 0.04 0.04

評価手順

 評価は1人ずつ行うため,1日あたり1人ないし2人を対象とし,計4日間にわたり実施しました。画面の輝度と色度の測定には,色彩色差計(Minolta.CS-100)とクローズアップレンズ(No.135,最小測定径5.2mm,最大測定距離615mm,最短測定距離447mm)を用いました。測定した画面条件を表3に示します。

 表中に参考として色の例を示しましたが,あくまでイメージです。実際に評価に用いた画面の色とは異なります。

表3:2色画面の文字と背景の色名,輝度,色度座標
表示モード 文字 背景
色名 輝度 色度座標 色名 輝度 色度座標
Yc[cd/m2] xc yc Yb[cd/m2] xb yb
標準 10 0.318 0.356 123 0.275 0.301 サンプル
13 0.314 0.448 216 0.284 0.587 サンプル
10 0.386 0.379 アンバ 100 0.519 0.407 サンプル
11 0.289 0.350 水色 151 0.210 0.306 サンプル
11 0.352 0.395 156 0.401 0.474 サンプル
11 0.317 0.292 明紫 65 0.280 0.158 サンプル
11 0.413 0.371 71 0.583 0.357 サンプル
86 0.288 0.552 118 0.274 0.299 サンプル
39 0.532 0.350 119 0.273 0.301 サンプル
明紫 48 0.282 0.170 119 0.274 0.303 サンプル
21 0.167 0.108 120 0.276 0.303 サンプル
20 0.176 0.123 136 0.400 0.475 サンプル
ソフト反転 320 0.279 0.301 8 0.331 0.373 サンプル
205 0.285 0.588 7 0.345 0.396 サンプル
アンバ 134 0.545 0.405 7 0.350 0.386 サンプル
水色 258 0.209 0.308 8 0.330 0.376 サンプル
276 0.414 0.482 8 0.345 0.389 サンプル
明紫 112 0.290 0.159 8 0.337 0.366 サンプル
99 0.594 0.357 7 0.348 0.384 サンプル
277 0.278 0.292 167 0.286 0.580 サンプル
217 0.270 0.301 61 0.572 0.357 サンプル
157 0.274 0.385 明紫 53 0.283 0.164 サンプル
264 0.284 0.314 29 0.155 0.084 サンプル
267 0.415 0.484 32 0.154 0.081 サンプル
反転 396 0.278 0.301 9 0.327 0.367 サンプル
280 0.283 0.587 8 0.341 0.396 サンプル
アンバ 161 0.512 0.412 8 0.347 0.384 サンプル
水色 314 0.208 0.305 8 0.328 0.376 サンプル
339 0.383 0.444 8 0.343 0.388 サンプル
明紫 137 0.283 0.154 8 0.333 0.362 サンプル
103 0.591 0.356 7 0.347 0.381 サンプル
234 0.277 0.288 169 0.287 0.580 サンプル
206 0.269 0.301 60 0.571 0.356 サンプル
139 0.274 0.312 明紫 53 0.276 0.159 サンプル
253 0.284 0.316 30 0.155 0.083 サンプル
261 0.387 0.458 31 0.154 0.082 サンプル

 評価者には机の前に座ってもらい,机上のモニタと正対した状態で評価してもらいます。評価実験の前に,実験で用いる文字列試料と同じ大きさと書体の文字列試料を評価者に見せて,各評価者の見やすい視距離と拡大率をあらかじめ設定してもらいます。

 評価は3セットに分けて行いました。1つのセットでは,36種類の評価用画面をランダムな順序で1回ずつ評価者に呈示します。評価者は5段階の基準(5:大変見やすい.4:見やすい,3:普通,2:見にくい,1:大変見にくい)で画面を評価します。

結果と考察

色差の効果

 2色画面の文字色と背景色の色差が評価値に及ぼす影響を見てみます。色差とは2つの色がどれだけ異なって見えるかを表す心理量で,評価前に測定した色度から算出します。 反転表示モードで色差と評価値の間の相関係数はr=-0.230〜−0.504となり,2人の結果に比較的強い相関が見られるものの,他の3人では弱い相関を認めるに留まりました。標準表示モードでは相関係数はr=-0.106〜-0.424で,比較的強い相関が見られた評価者が1人,弱い相関が見られた評価者も1人,他の3人ではほとんど相関が認められませんでした。

 このように色差が見やすさに与える影響は全般に小さいと考えられる一方で,評価者全員に共通して相関係数の符号が負であった点に注意しておく必要があります。 これは2色が近しいほど見やすいことを意味しており,経験的には受け入れがたい結論です。 これは色差以外の他の要因(おそらく輝度比)が強く影響した結果と考えられ,この点については次項で検討していきます。

輝度比の効果

 標準表示モードにおける輝度比は,表2中の輝度値を用いて,

(背景の輝度)/(文字の輝度)
で計算し,反転及びソフト反転表示モードではその逆数としました。 対数表示した輝度比と評価値の間で相関係数を求めると,標準表示モードでr=0.661〜0.914,反転表示モードでr=0.806〜0.965であり,1例を除いて強い正の相関が両モードにおいて認められました。 これは,評価値が輝度比(対数表示)に応じて直線的に高くなる様子を表しています。

 弱視の読みにおける輝度比の影響については,これまでも利用状況調査や心理物理実験に基づいた報告がされていますが,本評価はこれらを定量的に裏付ける結果となりました。 今回は各表示モードにおいて12種類の色の組合せがありますが,このような色の違いにも関わらず,輝度比と評価値の間で強い相関関係が見られたことから,見やすさには輝度比の影響が支配的であると言えます。

 前項で指摘した色差と評価値との弱い負の相関について,輝度比の効果の観点から再検討してみます。 色差0.1以下の2色画面群は,背景色が黒色に対して文字色が白色・黄色・水色・緑色・アンバであり,輝度比が高いのが特徴です。 その結果として評価値が高くなり,色差と評価値の関係に負の相関が見られた,と考えることができます.

反転表示の効果

 標準表示モードと反転表示モードでは,反転表示モードの方が評価値が高くなりました。 反転表示モードの回帰直線の傾きは1人を除いて標準表示モードのおよそ2倍となっています(2.12〜2.52 vs. 0.858〜1.69)。 このため,仮に同じ輝度比条件を設定しても,反転表示の方が高い評価値が予測されます。

 網膜色素変性を障害要因とする拡大読書器のユーザが反転表示画面を好む傾向にあることは,アンケート調査及び心理物理実験から知られています。 今回の結果からも同様な傾向が確認されました。

評価者間の相違

 これまでにに述べた2つの傾向,

  1. 評価値は輝度比(対数表示)に応じて直線的に高くなること
  2. 標準表示モードより反転表示モードの画面の方が評価値が高いこと
は,すべての評価者で確認されました. この点において評価者間の相違は見られませんでした。

 ただし,評価者1人(A)は主観的な評価基準が厳しかったようで,最高の評価値が3点に留まりました。 この1人を除けば,輝度比対評価値の回帰直線の傾きも,評価者の間でほぼ等しい結果となりました。 この違いが 視力状況によるのか,あるいは色に対する好みから生じるのかについては今後検討が必要です。 これ以外では,見やすい(あるいは見にくい)と判断された画面は全員でほぼ一致しました。

まとめ

 高い評価(評価値4以上)を得た画面は,

となりました。 このうち最も高い評価値を得た画面の1つが白/黒の組合せであることから,画面の見やすさだけが条件ならばモノクロ画面で十分にユーザのニーズは満たせると言えます。 ただし,評価の高い6種類の画面の中からユーザの好みで選べるなら,その方が望ましいでしょう。

一方で,ユーザの嗜好を考慮しても不要と思われる2色画面も明らかになりました。

これらの2色画面が読書器に装備されていなければ,画面選択の際の手間が省けるので,ユーザにとっては便利であると思われます。

今後,見やすさに及ぼす色の効果をさらに詳しく調べるには,同じ輝度比で異なる色という評価条件を設定する必要があります。 この際、好ましい色という観点から評価・解析することも重要です。 また教育・就労の場面において拡大読書器を使った効率的な読書を考えると,読み速度による画面評価も求められると考えられます。


■ 参考文献

■ 発表原稿


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Last updated: 2006年 3月 5日
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