視覚障害者支援に関する研究発表目録2007

■ 学会一覧

■ ヒューマンインタフェース・感覚代行分野の研究

 この節では,電子情報通信学会(特に福祉情報工学研究会),ヒューマンインタフェース学会,そして感覚代行シンポジウムの各学会・研究会において2007年に発表された視覚障害者支援に関する研究をレビューする。これに加えて今回は,ASSETSという国際会議の研究発表も取り上げる。対象となる文献は100件を超えるため,解説する研究は一部のみとし,それ以外はごく簡単な紹介にとどめる。

(1)電子情報通信学会

 2004年6月にWebコンテンツのJIS(日本工業規格)が制定された前後から,Webアクセシビリティに関する研究が盛んである。では,JISの指針に準拠したWebサイトは視覚障害者にとって本当に使いやすいのだろうか? そんな根本的な疑問に答えるため,飯塚と市川はまず初めに,富士通のWebコンテンツ診断ツールWebInspectorを使って,公共図書館のWebサイトのアクセシビリティを調べた。次に,これらのサイトから蔵書を検索するという課題を視覚障害のある学生に行わせ,検索に要する時間と主観的な心的負担を求めた。その結果,JISの指針に準拠したサイトが,必ずしも検索時間が短く,心的負担も低いという訳ではなかった。2人は,ユーザの検索時間と心的負担を反映したガイドラインが必要だと結論づけた。

 この実験において,JISの指針に準拠していない項目が多かったものの,検索時間が最も短かったサイトがある。その特徴は,蔵書検索のための書籍名入力のテキストボックスと検索のボタンがページの上部に配置されていることであった。筆者らのICT利用状況調査でも,インターネット利用上の問題として,目的の項目まで辿り着くのに時間がかかるという意見が数多く寄せられた。Webページ内で最も伝えたい情報までの項目数を考慮に入れたガイドラインの策定や,途中の情報を簡単にスキップできる支援ツールの機能が求められている。

 Webアクセシビリティ関連ではほかに,ユーザのWeb利用の観察と分析,検査ツールWEBJUDGEの開発,動的なコンテンツへのアクセスといった発表があった。音声・言語関連の研究は,音声対話における頭部動作の分析,合成音声の話速と聴覚特性,高速音声聴取への単語親密度の影響,単語親密度を考慮した漢字の詳細読みなどである。盲ろう者支援は件数が多く,指点字プロソディの分析,指点字会議システム,振動による対話支援,チャットの送受信を点字表示する端末DB4DB,6指分散点字提示方式といった発表があった。科学技術文書の自動点訳に関する一連の研究が引き続き行われている。自動点訳サーバeBrailleの開発と,点字用XML(BrailleML)の提案,点字キー付き携帯情報端末の開発に関する発表もあった。点字についてはほかに,点字触読過程の分析,点間隔を広げた点字の読みやみすさ,体表点字の提案などの研究があった。点字を利用できない中途視覚障害者向けに,ペン入力と音声認識を併用した方式の提案もあった。触図関連では,触図作成システムBplotと,光学式タッチパネルを搭載した触覚ディスプレイについての発表があった。ユニバーサルデザインに分類したのは,映画の音声ガイドマニュアル,美術館における誘導,携帯電話利用状況調査に関する発表である。ロービジョン関係は,注視点制御型拡大読書器という論文が1件あったのみである。情報アクセスから逸れるが,歩行支援関連で,音声支援方法の検討,音声地図と遠隔支援を用いた手法,距離提示法の基礎検討,頭部への方向提示法の4件があった。

(2)ヒューマンインタフェース学会

 Webアクセシビリティ推進のために富士通は,上述のWebInspectorのほかに,色覚特性に応じて画面をシミュレート表示するColor Doctorもネットで公開している。色覚障害のある人の数は非常に多いと言われながらも,その人たちを支援する研究はインタフェース関連分野でも多くはない。その数少ない色覚に関する研究を1件紹介する。

 色覚障害のある人の利用を考慮して配色を変えることがある。その際,どういう色に変えることが多いかを齋藤らは調べた。色覚障害がない7人に,Color Doctorで第一色覚障害と第二色覚障害(いずれも赤色と緑色の区別が付きにくい)をシミュレートしながら,色弱者に考慮した配色を選ばせた。その結果,カレンダーの日曜日の赤色のように元の色が情報を担っている場合は,その色に似た色が選ばれる傾向が見られた。他方,元の色が情報を担っていない場合は,それとは異なる様々な色が選ばれた。この知見を支援技術の検討に結び付けたいとしているが,そのためには,これらの色変更により色覚障害の人にとって見やすくなったかどうかの検証が必要であろう。

 色覚関係では,色弁別閾値を基準とした色弱の補正法と,実際のWebデザインを参考とした色選択システムに関する研究が報告された。Web関連では,ブログ読み上げブラウザ,Web型予定管理ソフト,視覚障害者によるWeb評価ツールに関する発表があった。ロービジョン関係では,眼球運動を指標とした視野測定方法,拡大読書器利用時及び晴眼者の視覚障害シミュレータ装着時の心的負担の計測,視覚障害者用誘導ブロックの視認性に関する発表があった。インタフェース関連の発表は,音声とテンキーを用いたリモコンの開発と,テンキーの点字マッピングに関する検討である。ATMの触知記号の設計に関する研究も見られた。盲ろう者支援として,携帯電話を用いた盲ろう児・者用電子メールシステムと,指点字の打点教示法に関する発表があった。空間音響,音声地図など歩行支援に関する研究が6件あった。電子情報通信学会における研究発表と同じグループによる同様なテーマの紹介は省略した。

(3)感覚代行シンポジウム

 感覚代行シンポジウムでは,触知覚,触図と立体,歩行支援に関する話題が多かった。触覚に係る研究のうち,信頼性ある心理物理実験から得られた実用的な知見と,触図と音声を組み合わせたシステムを紹介する。

 2007年3月に触知案内図の表示法に関するJISが制定された。その改訂に向けた科学的知見の提供を目的とした研究を土井らは進めている。2007年には,触知記号と面パターンに関する2種類の実験結果が報告された。その一つは,触知で識別可能な記号の最小サイズを求めるものである。記号のエッジ形状が重要と考え,エッジが角張って明瞭な材料と丸みを帯びた不明瞭な材料の2種類を準備した。記号のサイズを変えながら,エラー率,識別時間,主観的な識別の確信度を11人の視覚障害者に答えてもらった。識別する図形は,丸・三角形・四角形の3種類である。丸と四角形では,面積0.1平方センチメートルという最小サイズにおいて,エッジが不明瞭な図形でエラー率が上がり,識別時間がかかり,確信度が下がる様子が見られたが,面積がその倍の0.2平方センチメートル以上では間違いがほとんどなく,識別時間は2秒程度でとどまり,確信度も高くなった。このため,エッジの明瞭さの違いも見られなくなった。三角形はエッジの明瞭さとサイズに関わりなくすべて間違いなく短い時間で識別された。ただし,小さいサイズでは特にエッジが不明瞭な図形で確信度が下がった。

 識別実験の結果もさることながら,その予備実験として行われた触圧感度と空間分解能の測定結果が興味深かった。触知覚に及ぼす加齢の効果を調べた結果と比べると,平均年齢35.3歳の視覚障害者11人の触圧感度(単位はグラム)は,20代の晴眼若年者よりわずかに高く,晴眼高齢者の3倍であった。更に視覚障害者の空間分解能(単位はミリメートル)は晴眼若年者より明らかに高く,晴眼高齢者の2倍であった。晴眼者は個人差が大きいのに比べて,視覚障害者はおしなべて成績がよいのも特徴的であった。応用的な研究開発のためには,このような基礎的知見の積み上げが欠かせない。

 面パターンとしてはストライプパターンが取り上げられた。ストライプの線間隔がどの程度以上離れれば,2種類のパターンの手触りが異なると感じられるかを調べたところ,6ミリメートル程度の差があれば9割程度の確率で識別できることが分かった。一つの触図内で,識別が難しいストライプパターンを2種類以上用いるのは本来避けるべきである。しかしながら,表現すべき情報が多い場合,致し方ないこともある。そのような場面で,この実験からの知見は活かされる。

 感圧タブレットの上に触図を載せ,接触位置に応じて音声やその他の音響データを再生することで,触図の理解を促進させるシステムが従来より開発されてきた。古い例では1988年にオーストラリアでParkesによって開発されたNomadがある。このタブレット部分を触覚グラフィックディスプレイに置き換えることで,リアルタイムで触図を入れ替えることが可能になる。電通大ほかのシステムでは,触覚ディスプレイ上の1点に力を加えながらボタンを押す「タッチクリック」方式で,指示点に対応した音響を再生する。画像と音響はそれぞれPNGとMP3という一般的なファイル形式を採用しているので,コンテンツの作成が容易である。触図の活用能力は個人により差が大きいので,システムの評価の際は実験参加者の特性とシステムへの習熟を考慮が求められる。

 このほかに触覚関連では,触覚ディスプレイを用いた触知覚の研究,触覚ディスプレイへのオブジェクトの2次元配置の検討,盲児が描いた触図の自動評価法,触察用立体図形と半立体絵画,触・聴覚を使ったボードゲーム,方向定位のための触覚表示の検討,2点式体表点字,温度知覚特性と温度刺激の仮現運動に関する研究が発表された。点字楽譜練習ソフトと,JavaとC#へのアクセスSwingReaderの開発も報告された。ロービジョン関連では,緑内障患者の周辺視機能の役割と歩行時の視点計測に関する研究が報告された。聴覚の活用などによる歩行や定位の支援について7件の発表があった。

(4)ASSETS 2007

 海外の研究も見てみよう。ここでは,米国で開かれているASSETSにおける研究発表を紹介する。ASSETSの正式名称は「コンピュータとアクセシビリティに関する国際会議」といい,米国計算機学会(ACM)の中のアクセシビリティに関する研究会が主催している。以前は隔年開催だったが,2004年以降は毎年開催されている。 筆者の興味を引いたのは,視覚障害者向けCAPTCHAとう発表である。CAPTCHAとは,Completely Automated Public Turing Test to Tell Computers and Humans Apart(計算機と人間を区別するための完全自動化公共的チューリングテスト)の略称だが,日本語では画像認証と呼ぶ方が分かりやすい。ネット上でアカウントを取得するときなどに,画面上に表示されたアルファベットや数字を読み取り,それをキー入力することで認証を受ける方式である。スパムメールを送りつけるためWebサイトを巡回してメールアドレスを集めるソフトがある。そのようなソフトの画像認識プログラムで解読されることを防ぐため,文字や数字の背景に模様を入れたり,歪んだ文字を表示したりする。画像を視覚的に読み取る作業なので,当然ながら視覚障害者には困難である。そこでこの研究は,動物の鳴き声や乗り物の動作音,楽器の音色を聞かせて,その音の主をリストの中から選ばせる手法を提案している。リスト内の項目を順番に試すことで解読可能ではないかという疑問は浮かんだが,それよりもCAPTCHAのアクセシビリティという着目点に感心した。筆者らのICT利用状況調査でも画像認証を問題として挙げた人が多かったが,国内では研究例を見たことがない。この課題に対して,実は米国では既に代替手段が設けられている。すなわち,特定のボタンを押すと音声が読み上げられ,ユーザはその内容をキー入力する手法である。現在の音声認識技術の限界を考えると,音声に雑音を載せたり,感情を込めたりすることで,「計算機と人間の区別」は十分できる気がする。

 ASSETS 2007においてもWebアクセシビリティ関連の研究が主流であった。それらは,マルチメディアコンテンツへのアクセスツールaiBrowser,Webアクセシビリティの半自動診断ツールSAMBA,アクセシビリティ評価手法の検討,利用者の声を反映させるアクセシビリティ評価ツール,サーバーベースでWeb画面を読み上げるWebAnywhere,自動的イメージタグ付与ソフトなどである。グラフィクスと触知覚に関する研究が次に多く,グラフの形状を解析し音声で出力するiGraph-Lite,スキャンした文書から自動的に触図を生成するシステム,視覚障害者と晴眼者の寸法知覚の比較といった発表があった。そのほかに,数式へのアクセスMaWEnとMathPlayer,視覚障害者と晴眼者が供用できる電子教科書Starlight,リズムに合わせてキーを打つ盲人向け音響ゲームFingerDance,マークを携帯電話のカメラで捉えて音声出力する誘導システム,支援技術開発者向け視聴覚障害シミュレータなどの発表があった。

(5)おわりに

 ちょうどこの原稿執筆時に,理化学研究所の研究グループが,胚性幹細胞から人の網膜細胞を効率よく作り出すことに成功したというニュースが報じられた。研究が進めば,網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などの治療に役立つとされ,視覚障害者にとって希望が膨らむ話である。視覚障害の補償方法には,触覚や聴覚を活用する感覚代行,映像信号を網膜に投影したり,網膜や脳を電気刺激する視覚補綴技術,そして,失った器官そのものを作り出す再生医療などに分けられよう。将来的に再生医療が実用化されるとしても,現在使われている感覚代行やインタフェース技術の重要性は減らない。技術者らの継続的な努力が依然として必要なのである。

 海外を含め4種類の学会・研究会を取り上げたが,視覚障害者の情報アクセスに関する研究発表が行われている学会等は,国内でも人間工学会,生活支援工学系学会連合大会,リハ工学カンファレンスなど多数ある。それらのリストは福祉情報工学研究会の[関連団体へのリンク]からアクセスできるので,興味のある方はご覧頂きたい。本稿で解説しなかった研究発表の文献は,筆者のWebサイトの[視覚障害者支援に関する研究発表]に掲載しているので,こちらもご参照頂きたい。

Web情報

【文献】

  1. 飯塚潤一・市川熹, 視覚障害者のウェブサイトの検索効率と心的負担に関する考察、電子情報通信学会技術研究報告、WIT2006-114.
  2. 齋藤晴美・渡辺昌洋・浅野陽子、色覚シミュレーション使用時の色修正に見られる配色傾向、ヒューマンインタフェースシンポジウム2007論文集、943-946.
  3. 土井幸輝・植松美幸・藤本浩志・和田勉・佐川賢・篠原正美、視覚障害者を対象とした触知記号の識別容易性評価、第33回感覚代行シンポジウム、101-104.
  4. 土井幸輝・和田勉・片桐麻優・高瀬翔・植松美幸・藤本浩志・佐川賢・篠原正美、触知案内図のストライプパターンの粗密感覚特性及び識別特性の評価、第33回感覚代行シンポジウム、105-108.
  5. 内田優典・山本卓・島田茂伸・篠原正美・下条誠・清水豊、音声支援による触パターン情報の伝達、第33回感覚代行シンポジウム、51-54.
  6. J. Holman, J. Lazar, J.H. Feng, and J. D'Arcy, Developing Usable CAPTCHAs for Blind Users, Proc. of ASSETS '07, 245-246.
  7. F. Osakada, H. Ikeda, M. Mandai, T. Wataya, K. atanabe, N. Yoshimura, A. Akaike, Y. Sasai, and M. Takahashi, Toward the Generation of Rod and Cone Photoreceptors from Mouse, Monkey and Human Embryonic Stem Cells, Nature Biotechnology 26, 215-224, 2008.

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■ 電子情報通信学会

和文論文誌


福祉情報工学研究会

2007年1月

2007年3月

2007年5月

2007年8月

2007年10月

2007年12月(第46回ヒューマンインタフェース学会研究会と共催)

 電子情報通信学会 福祉情報工学研究会については研究会のWebサイトをご覧ください。

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■ ヒューマンインタフェース学会 論文誌・研究会予稿集・シンポジウム予稿集

論文誌


研究会

第46回研究会「福祉工学および一般」(平成19年12月 福祉情報工学研究会と共催)

福祉情報工学研究会(平成19年12月)を参照してください。


シンポジウム 2007

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■ 日本バーチャルリアリティー学会 論文誌・大会論文抄録集

論文誌


日本バーチャルリアリティ学会第12回大会

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■ 感覚代行シンポジウム

第33回大会

 感覚代行シンポジウムについて詳しくは感覚代行研究会のWebサイトをご覧ください。

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■ ASSETS 2007

ASSETSの正式名称は「コンピュータとアクセシビリティに関する国際会議」といい,米国計算機学会(ACM)の中のアクセシビリティ研究会(SIGACCESS)が主催しています。以前は隔年開催でしたが,2004年以降は毎年開催されています。例年10月に米国内で開催。

ASSETSについて詳しくはSIGACCESSのWebサイトをご覧ください。

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Last updated: 2008年7月29日
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