絵本コンテストの項を追加しました(2009年1月15日)。
 2008年12月4日・5日の2日間,英国バーミンガム市内のホテルにおいて,触図に関する国際会議Tactile Graphics 2008が開かれた。2〜3年ごとに開かれており,国際会議としての開催は今回で4回目となる。主催者はRNIB(Royal National Institute for the Blind,英国盲人協会)の1部門であるCentre for Accessible Information (略称:CAI)である。
会議は,口頭発表,ポスター発表,展示で構成されている。口頭発表とポスター発表には査読がある。応募者はA4用紙1枚程度のアブストラクトを提出する。これをもとに査読者は,参加者が講演から得られるものは何かという観点を中心に査読をおこなう。触図は,講演だけでは内容が伝わりにくく,実物を触る必要性が高い。このため,口頭発表に加えて,展示を行う例も多い。
配付資料によると事前登録者は*ヶ国から158人であった。
 3人が基調講演を行った。まず,この会議の委員長であるSarah Morley Wilkins氏がCAIの紹介をした。CAIは,かつてNCTD(National Centre for Tactile Diagram)として,触図の作成と提供を主たる業務としていた。このセンターが事業を拡張し,それに伴って名称が変更された。現在の業務は,英国のガイドラインに関する相談の企画(Planning a UK guidelines consultation),オンライン画像データベース(Online image bank and duplication network),知識の普及(Knowledge dissemination),そして連携(Liason)である。
 ついで,Lucia Hasty氏は,北米点字協会(Braille Authority of North America: BANA)とカナダの点字協会(Canadian Braille Authority: CBA)が共同で開発している触図のガイドライン(Guidelines and Standards for Tactile Graphics)を紹介した。公式なガイドライン文書は2009年に発行される予定である。
 3番目にMike Townsend氏は,全盲者の立場から,触知物への希求(graphic starvation)を語った。
 口頭発表は三つの会場で平行して進行し,合計36件の発表があった。持ち時間は40分と長い。興味を持って聞いた発表をいくつか紹介する。
5歳のときに失明した少女の描く絵を紹介した(下の写真1)。
米国ワシントン大学では,スキャンした画像から触図を半自動的に生成するシステムを開発し,評価を進めている。ソフトウェアは無料でダウンロードできる(下のURLリストからアクセスできる)(下の写真2)。
Lederman & Klatzky (1987ほか)は晴眼者を被験者として,触探索行動を観察した。同じ課題を視覚障害者におこなってもらった場合,触探索行動は晴眼者と異なるのだろうか? また,大人と子どもで異なるのだろうか? 実験では,ターゲット一つと,選択肢四つの物体を触ってもらい,選択肢の中からターゲットに最も近い物体を選んでもらうときの手の動きを観察した(下の写真3)。
2004年にプロジェクトを開始。事前調査を経て,2005年,Old Street, Earl's Court, Westminster駅の案内図を作成。ユーザ評価では,ローカルバスの停留所を知りたい,という意見があった。実物は,展示会場で触ることができた(下の写真4)。
WordやPPTなどを視覚障害者が自分で使えるようにすることが研究目的。SVGで黒塗りの長方形などを描く。視覚障害者が使えるために,入力はテキストベースでおこなう。更に,Figure Braille(8-dot Braille Code)を提唱した。Stuttgart大学のこれまでの視覚障害者支援プロジェクト(下のリスト)の紹介がおもしろかった。
図の形状だけでなく,構造と意味情報も記述できるマークアップ言語GraSSMLの提案。関連研究はTeDUB, SVG ViewPlusなど。スクリーンリーダでアクセス可能。
左上から順に,写真1:盲の少女が描いたシマウマの絵,写真2:自動触図生成の発表の様子,写真3:触探索行動の例,写真4:ロンドン地下鉄駅案内図(上は拡大印刷版,下は点字印刷版)。
 展示会場には,各国の団体,企業などから32件の出展があった。触図は触ってこそ実感できるものなので,この会議で最も重要なのは展示かと思う。新しい触図作成技術はないか,新しくなくても日本であまり使われていない技術はないか,という2つの観点で見て回った。興味を引かれた出展物を紹介する。
縦60×横120,合計7200本のピンからなる触覚ディスプレイ。最大の特徴は,ディスプレイ面が手指の接触状況を捉える入力面ともなっていることである。触れている箇所は全て検出できるマルチタッチ触覚ディスプレイである。下の写真5は,触覚ディスプレイを触れている手である。その右の写真6は,手の接触位置を検出したソフトの画面である。タッピングやなぞり動作を検出できるようにソフトを作れば,視覚障害者がグラフィック情報を自在に操作できると期待できる。出展者の話によれば,発売までには2-3年かかるだろうとのことだった。発売が今から楽しみである。
紫外線(UV)硬化樹脂を吹き付けたらすぐにUVを当てて固める。これを何回か繰り返すことで高さを出す。点字の形を作るにはBraille Fontを使う。幅762mm(30インチ)のロール紙まで対応できるため,機械の幅は2.2mと大きいのが難点に感じられた。せめて半分くらいのサイズであれば,職場に配備することもできるだろう。
サーモグラフィ(thermography)は,粒子を糊と一緒に紙に吹き付けて,熱を加えて固める技術である。従来から,グリーティングカードの絵や文字の部分を盛り上げるのに使われていた。使用する粒子のサイズが通常は50μmのところを,400μmと大きくすることで,点字や触図に利用できる高さが出た。この方法で作った点字や触図(写真7)は大変分かりやすかった。作成の値段の問題さえクリアすれば,今後広まるのではないだろうか。
Zychem社は立体コピー用紙と立体コピー現像機を作っている会社である。ここが,視覚障害のある子どもの教育に使える2000枚の絵(PDF形式)を無料でダウンロードできるサイトTactile Libraryを開設しているので,興味ある方はサイトを訪ねてみてほしい。
左上から順に,写真5:BrailleDis 9000を触る手,写真6:BrailleDis 9000への接触位置を表示するソフト,写真7:サーモグラフィによる英国の触地図。
 展示会場に併設して,4件のポスター発表も行われた。しかし,説明者の待機義務時間がないため,ポスターを展示してあるだけに留まったのは残念である。
 視覚障害児のための絵本コンテストが開かれた。17件の応募があり,そのほとんどが,実物素材をふんだんに使った分厚い本であった。参加者は投票をおこない,初日の夕方に開かれたリセプションで授賞式がおこなわれた。
左上から順に,写真8:ワニが登場する絵本,写真9:ソフトマットの上のネコが登場する絵本,写真10:授賞式の様子。
 本会議の前日となる12月3日にはワークショップが開かれた。触図への習熟度に応じて3種類のコースが用意されている。初心者向けの「触図の世界の紹介」,子ども向けの教材作成に興味ある人向けの「実物から触図へ」,そして触図作成経験のある人向けの「触図デザイン上級編」の3種類である。
触図の作り方についての情報が詳しい。
この会議に参加した筑波技術大学の宮城愛美氏が,雑誌『視覚障害』に参加報告を書いているので,こちらもご参照下さい。
Last updated: 2009年1月15日
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